私立大学における歴史総合・日本史探究/世界史探究の 入試問題のあり方に関する提言
高大連携歴史教育研究会運営委員会
2025年12月7日
学習指導要領の改訂に伴い,高等学校の教育現場においては,既に2022年度より歴史総合が,2023年度より日本史探究と世界史探究が導入されました。これに伴い,新しい教科書のもと,全国各地の高等学校などで,「知識・技能」を身につけるだけでなく,「思考力・判断力・表現力」を養うことを目指した授業実践が摸索されています。本提言では,こうした授業やその力をはかろうとする入試を「思考力型」と呼びます。そして2025年1月~2月に実施された入試において,歴史総合,日本史探究,世界史探究からの出題がなされました。そこでは,大学入学共通テストはもとより,国公立大学や私立大学入試においても,「思考力型」と目される新しい出題をおこなう大学が増えてきています。
そこで私たちは,「思考力型」の学習をおこなってきた受験生が瑣末な知識の暗記に振り回されることなく,高校3年間の授業の中で学んだ経験をもとに,大学入試に臨むことのできる環境が整備されることを期待します。具体的には,知識を問う出題をおこなう場合,できるだけ多くの日本史探究や世界史探究の教科書本文に書かれている用語や人名に限定することが目安となるでしょう。そして日本史探究と世界史探究は,旧課程である日本史Bや世界史Bと比べて標準単位数が4単位から3単位に減らされているため,知識の精選が求められていることに特段の配慮をお願いしたいと思います。
また,歴史総合に関しては,単純な知識問題ではなく,できるだけ史資料などからの読み解きや,「概念」に関する問いなど,まさしく「思考力型」の出題を中心としたものになることを期待します。受験生にとって大学入試問題は,大学入学への関門であると同時に,大学における知的な探究活動を垣間見ることのできる貴重な機会でもあります。その際に私たちは,最も多くの学生を抱える私立大学の入試問題がさらに「思考力型」へシフトすることで,高等学校における学習から大学での学びへと受験生がスムーズに移行できると考えます。大学入学共通テストでは,マークシート方式をとりながらも「思考力型」の出題が主流となりました。また,国公立大学入試では以前から論述問題を含めた「思考力型」の出題となっています。そのようななか,私立大学の入試が知識だけではなく思考力を問うものに重点が置かれることによって,日本における中等教育の改革が進展し,さらに高等教育にも大きな影響を及ぼすことになるでしょう。全国各地で意欲的な授業実践をおこなっている,高校などにおける教員たちの「背中を押す」ような出題を期待しています。
もちろん,私立大学やその教員が置かれている環境や状況は千差万別であり,また,大学入試問題の作問に割くことのできる時間や予算,そしてマンパワーなどに大きな制約があることも十分理解しています。しかし,歴史系科目を選択する受験生が年々減少傾向にあるなか,知識の暗記ばかりを問うような出題が全国各地で今後も続くのであれば,その傾向を押しとどめることは不可能となるでしょう。教科書に記されている基本的な知識をもとに,「思考力型」の学習をおこなってきた生徒たちが安心して受験にのぞめるよう,精選された出題がなされることを私たちは期待します。
以上を踏まえ,歴史系科目を受験科目として選択する生徒,さらには大学入学後に歴史研究へ向かう学生を一人でも増やすことで,歴史総合・日本史探究・世界史探究を持続可能性のある科目として守り育てると同時に,私立大学入試における「思考力型」の出題が更に増えることを願い,私たちは以下の提言をおこないます。
①「知識・技能」について
知識を直接問うものについては,基本的に複数の教科書本文に記載されている人名や用語に限定する。目安としては,例えば日本史や世界史の用語集において,頻度数や重要度が①や②などの低いものを避けることが望ましい。もちろん,教科書の側注や用語集の説明文から「知識・技能」の問題を出題することも,瑣末な知識の暗記を助長するだけとなるため避けて欲しい。
一方,細かな用語などを利用したい場合には,その用語を直接解答させるのではなく,設問の中に用語の説明を入れるなどの配慮をすることで,暗記が目的ではないことを表現してもらいたい。また,年代の整序に関する問題の場合には,たとえすべての年代を暗記していなくても,因果関係から時間軸の前後が判定できるような作問をお願いしたい。理想を言うならば,最終的には知識を問う問題であっても,正解にたどりつくためには教科書本文の叙述をもとに思考力や論理力を駆使するような出題が望ましい。
②「思考力・判断力・表現力」について
学習指導要領の改訂に伴い,歴史総合・日本史探究・世界史探究すべての教科書には,今まで以上に多くの史資料や写真・地図・グラフなどが掲載されるようになった。私立大学入試においても,できるだけこのような傾向を踏まえた出題をお願いしたい。その際,教科書に掲載されていない史資料やグラフであっても,教科書レベルの「知識・技能」をもとに読み解くことができるようなものであれば,積極的に取り上げて欲しい。
また,受験生が読みとりに困難を覚えるような原典史料の提示に必ずしもこだわる必要はなく,現代語訳された史料の提示や,2025年1月に実施された大学入学共通テストの事例のような,「メモ」や「パネル」などの形式をとることなどによって,史資料のレベルを調整しながら利用して欲しい。入試問題においては,史料講読の力をはかることが主たる目的ではなく,教科書レベルの基本的な知識をもとに,与えられたデータを駆使して論理的な考察を行うことができるか否かがはかられれば良いからだ。なお,論述問題などを利用しないと測定することの難しい表現力はともかく,思考力や判断力の判定はマークシート型の出題方式でも工夫次第で十分可能であり,史資料やグラフなどを用いないやり方もあるだろう。
③歴史総合について
歴史総合は,「近代化と私たち」,「国際秩序の変化や大衆化と私たち」,「グローバル化と私たち」などの大項目をもとに,「対立・協調」,「統合・分化」,「平等・格差」,「開発・保全」,「自由・制限」の観点から現代的な諸課題を考察させる科目である。また,日本史と世界史という区別を設けず,人間の歴史を総合的に捉えようとする科目でもある。大学入試問題の出題にあたっては,その点に十分留意していただきたい。さらに,歴史総合は高校などの授業で主に1学年や2学年時に学ぶ科目であり,続く探究科目の土台として制度設計されたという点も踏まえて出題されることを期待したい。
入試問題として出題する際には,高等学校などにおける授業に誤ったバイアスを与えないよう,単純な「知識・技能」の設問に陥ることなく,史資料やグラフの読み解きなど,受験生の解釈を問う「思考力型」の出題をぜひともお願いしたい。また,政治・経済・社会・文化などの様々な側面に関わる「概念」の理解を問うことや,歴史学についての学問的方法に関連した出題など,歴史総合という科目の特性に対応した出題も期待したい。
マークシート方式を採用しながら思考力を問う作問の実例としては,大学入学共通テストや高等学校卒業程度認定試験がある。
また,日本学術会議史学委員会中高大歴史教育に関する分科会による提言「歴史的思考力を育てる大学入試のあり方について」(令和元年(2019年)11月22日)の〈参考資料3〉「思考力・判断力・表現力を問う試験問題へ向けて-出題例と解説-」でも,思考力を問うための問題がパターンごとに例示されている。
なお,この提言は大学入試問題の検討を主な活動とする,本研究会の第4部会における議論を経て作成されたものである。
以上
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