大学入試科目における「歴史総合」の扱いに関する懸念と改善の要望について(声明)

令和5(2023)年8月1日 

国公立・私立大学  学長 殿

高大連携歴史教育研究会 運営委員会

大学入試科目における「歴史総合」の扱いに関する懸念と改善の要望について(声明)

 高等学校では令和4(2022)年度から新しい学習指導要領に基づいた地理歴史科の学習が始まり、「歴史総合」と「地理総合」を必履修とし、その履修後に「日本史探究」「世界史探究」「地理探究」を選択履修することで時空間のバランスの取れた認識が身に付くよう再編成された。そのうち、「歴史総合」は、「近現代の歴史の変化に関わる諸事象について、世界とその中の日本を広く相互的視野から捉え、現代的な諸課題の形成にかかわる近現代の歴史を理解する」科目(『学習指導要領』)として新設された。この背景には、平成18(2006)年に発覚したいわゆる「世界史未履修問題」があり、その解決のために、中央教育審議会や文部科学省での検討だけでなく、日本学術会議や歴史学会、教育団体など多くの関係者の労苦と議論の上にこの科目が成立したものと認識している。
 ところが、令和5(2023)年7月現在、各大学が発表している「令和7(2025)年度大学入試科目」案によれば、「歴史総合の日本史部分と日本史探究」「歴史総合の世界史部分と世界史探究」の選択、などとしている事例が多く見られる。
 私たち、高大連携歴史教育研究会運営委員会は、そもそも科目「歴史総合」は日本史部分、世界史部分に分けることができず、こうした入試科目の設定は「歴史総合」の科目の趣旨に反するものであり、今後大きな問題が発生する端緒になりかねないものと危惧し、以下の理由により再考を求めるものである。

1 「歴史総合」を「日本史部分」と「世界史部分」に区別する基準設定の難しさ

 「歴史総合」は、上記のように歴史事象を世界とその中の日本の事象として広く相互的視野から捉えるよう構成された科目である。例えば、日清戦争や日露戦争についても、世界史の枠組みの中で、日本国内の動きと関連させることで、両戦争が近代日本にもたらした影響とともにアジアや世界への幅広い影響やダイナミズムについても理解することができる。日清・日露戦争を「日本史部分」、「世界史部分」と分けることは困難と考える。
 また、逆の例を引けば、「義和団事件は中国の出来事だから世界史に分類されるので、歴史総合の日本史部分としては出題されない」と受験生が考えることは一つの理屈としては成り立つが、一方、大学側が歴史総合の日本史部分として出題することは可能である。そうした出題者側と受験生側の間で齟齬が生じないよう、また、受験生間で有利・不利の混乱が生じないよう、大学側は、日本史部分と世界史部分とを分ける基準や一覧を事前に公表しておく必要がある。そもそも「歴史総合」の趣旨からして、扱われる歴史事象は何らかの形で「世界史と日本史の両方に関連する事象」であると考える。

2 必履修科目である「歴史総合」の未履修を誘発する危険性

 大学が「歴史総合の日本史部分と日本史探究」、「歴史総合の世界史部分と世界史探究」とに分けて入試問題を作成するならば、高校生は、「歴史総合の日本史的部分と日本史探究」に力点を置いて勉強する生徒と、「歴史総合の世界史的部分と世界史探究」に力点を置いて勉強する生徒とに分かれてしまう危険がある。また、高校の中には、「歴史総合」を生徒に履修させなくとも、「日本史探究の近現代史部分」を教えたり、「世界史探究の近現代史部分」を教えたりすれば、「歴史総合」を教えたことになるし入試にも対応できる、といった誤った認識を持つ高校も生まれかねず、その結果、「歴史総合」の履修が形骸化し、ひいてはかつてのような「歴史総合」の未履修問題が発生する危険性が生じてくる。
 大学が今回発表した入試科目の枠組みが、高校の歴史学習をゆがめ、再度の未履修問題発生という重大な事態の誘因となることを危惧している。

 各大学は、「学習指導要領に準拠し、高等学校教育の正常な発展の障害とならないよう十分留意しつつ」、「学力検査を実施する教科・科目は、学習指導要領に定められている教科・科目の中から、高等学校教育に及ぼす影響にも配慮しつつ、大学・学部等の目的、特色、専門分野等の特性に応じ、各大学が定める」(文部科学省高等教育局長通知「令和4年度大学入学者選抜実施要項」より)とする法令条文を誠実に遵守し、学習指導要領に掲載されている正式科目である「歴史総合」を分割することなくそのまま学力検査科目とし、大学入学共通テストと同様に「歴史総合と日本史探究」、「歴史総合と世界史探究」という本来的な組み合わせを入試科目として提示するよう再考を求めるものである。